今回は雑談です(もともと雑談のページですが)。

 私が海や船に妙味を持ったのは幼稚園の頃からです。小学校に入ったころは、蒲鉾の板に割り箸の帆柱を立て、父親のハンカチを持ち出して帆にしたヨットを作って、江戸川で浮かべて遊びました。川ですから順調に(?)流れ去って東京湾方面で行方不明です。5年生の頃だったか、伊号潜水艦と称するプラモデルが発売されました。大きな鉛の重りを付けたゴム動力の潜水艦で、これも江戸川で出撃させました。順調に潜行して行く姿を見て、オーッと感動しました。しかし、出撃したまま未帰還でした。

 そのころ、学習参考書を買いに神田の三省堂に初めて行ったのですが、周囲を見て驚きました、見える限り古本屋が並んでいるのです。殆どの古本屋が木造でガタガタと引き戸を開けるような作りが多かったような記憶があります。もともと古本屋が大好きというおかしな小学生だったので、端から覗きましたが、一誠堂のように子供が入ったら叱られそうな格調の高い古本屋もあり、小学生には取り付きにくい店が殆どでした。それでも船や飛行の雑誌を山のように積み上げた店が何軒かあって、参考書を買うのを忘れて古雑誌を数冊買って帰りました。戦前の「海軍雑誌海と空」「航空朝日」などが一冊20〜50円くらいです。今の感覚で200〜300円程度でしょうか。その後も、戦前戦中に出版された船舶や飛行機関係の本をよく買いました。特によく買ったのは、もちろん専門書ではなく、いわゆる啓蒙書です。中学生や一般社会人を対象にした本は分かりやすいし、その時代の興味の動向を表していて、時代の空気が感じられるのです。以後時間を見ては古本屋に通うようになり・・50年経った今でも続いています。大学生の頃は、学校の行き帰りに途中下車して古本屋街を一回りしたので、一週間に10回位は神田の古本屋を一回りしたものです。同じ古本屋の同じ棚を一日に2度見る訳ですが、馴れてくると、本の入れ替わった所がすぐに分かるので、新しく入った本だけをチェック出来るのです。そうすると、一日に4〜50軒くらいの古本屋を廻ることが出来るのです。そんなに多くの本を買うわけではないのですが、どんな本が存在するのかを知ること自体が大変に興味深かったのです。

 古本は実に面白いもので、想像を超えたものが出ます。中でも面白いのは、案外にサイン本が多いことです。作者が本の完成の際に、関係者にサインして贈った本ですが、これが古本屋に出るわけです。私が持っている中で、海軍関係では島村速雄、佐藤鉄太郎など、明治の提督のサイン本があります。なかなか雰囲気のあるものですが、小笠原長生などは、著者、と書いてあるだけで、せっかく能筆で有名な小笠原なのに残念です。だいたい有名作家のサイン以外は商品価値を認められていないので、サイン本が高いということはありませんでした。私が大切にしているものの一冊に、黛治夫さんの「海軍砲戦史談」があります。私自身は黛さんから貰った本があるのですが、古本屋で手に取った同書に、浮田信家様、黛治夫、とあるのを見てビックリして買いました。言うまでもなく浮田氏は戦艦金剛の砲術長としてガダルカナル砲撃をした人物です。恐らく実戦で最も多くの戦艦主砲を撃った人物ではないでしょうか。日本海軍の砲術の権威が、最も働いた戦艦の砲術長に贈った、海軍砲術の本だったわけです。これなどは、私の密かな宝です。

 著者のサインとは違いますが、本に寄せ書きすることもあります。昭和60年に六本木の国際文化会館で、平賀譲先生を偲ぶ会、と言う会をしましたが、これは、「平賀譲遺稿集」の完成記念会でもありました。この時私は会の手伝いをしましたが、せっかくの機会と思い、「平賀譲著作集」の扉の裏に何人かのサインを貰いました。今見ると、平賀氏の高弟である牧野茂氏の他、福井静夫氏、内藤初穂氏,などの名前が見えます。皆さんお元気で挨拶されたものです。この後、私は牧野茂氏に依頼されて平賀資料を整理し、東大に納めました。こうしてみると、本も単なる本ではなく、思い出の詰まった大切な本になるような気がします。平賀氏の史料には、今まで殆ど不明といっても良かった八八艦隊の未成艦の資料や、計画のみで終わった艦の資料が含まれていて、直接ではありませんが、後の戦艦大和に繋がる、日本戦艦の流れを伺わせるものがあります。ちなみに、こうして整理された史料を中心に、今年の2月2日まで大和ミュージアムにて、特別展「軍艦設計の天才 平賀譲」を開催いたしました。特別展は終了しましたが、特別展図録「平賀譲〜名軍艦デザイナーの足跡をたどる〜」を大和ミュージアムにて販売しております。今後史料の実物が展示されることはあまり無いと思われますので、この図録にてご観覧頂ければ幸いです。

草鹿龍之介

 サイン本の話なので、私の蔵書から一冊、字の上手い人を選んでみました。これは、ハワイ攻撃の南雲部隊参謀長で、終戦直後の第5航空艦隊長官だった、草鹿龍之介が、終戦後に書いた回想録「連合艦隊」(昭和27年、毎日新聞社)に書いた署名です。この本は日本海軍の航空作戦の背景を知るには重要なもので、何度か再刊されましたが、 以後の版ではすべて、付録の初期の海軍航空にかかわる部分が削除されていて残念です。