古本屋で、不思議な辞典を入手した事があります。20年ほど前、神田で、「Japanese−English Dictionary of SEA TERMS 」つまり、和英海語辞典を買いました。尾崎主税編、海軍の外郭団体であった水交社が昭和3年に出版・・と奥付にあるのですが、チョット手触りがおかしい、私は他にもこの本を持っていたので、表紙も様子が違うことに気がつきました。紙質も違うので、良く見ると、扉の下に、何と、1943年、カリフォルニア大学出版局で発行と、英文で書いてあり、ゴム印で、米軍の通信情報隊のスタンプが押してあったのです。
10年ほど経って、 今度は高円寺の古本屋で、同じ尾崎主税編で昭和10年に三省堂で出版した「英和海語辞典」を買いました。これも、既に持っている本と雰囲気が違うので、良く見ると、製本が本格的な手縫いの上に、原本が活版であるのに対してオフセット印刷なのです。用紙も日本の紙ではありません、明らかに原本を写真で複製したものです。表紙には金箔で英国大使館と押してあり、見返しには、英国大使館の連絡任務参考図書館のスタンプがありました。こちらには、全く印刷情報はないのですが、この2冊の、英和、和英辞典は両方とも戦時中に、アメリカとイギリスが造った海賊版だったと考えて間違いないでしょう。恐らく、英米海軍の要望で部内用に複製、出版したものと思いました。日本海軍の文書などを入手したときの翻訳に使ったのではないかと思います。
妙なものがあるのだなあと思っていると、今度は古本市で「A dictionary of military terms」という本を見つけました。これは、1942年にシカゴ大学で作ったもので、やはり、大正3年に出た、「兵語辞典」(開拓社)の復刻本でした。
戦時中の日本は、英語を敵性語として排斥し、学校での教育も中止したケースが多かったのですが、(無論、海軍兵学校や、陸軍士官学校では英語教育をしていました)アメリカ軍などは、わざわざ日本語学校を作ってまで、日本語と日本の研究に力を入れていたのです。これらの辞典は、日本語研究の為に復刻されたのでしょう。敵を知り、己を知る事が勝利の秘訣、とは、東洋兵法の基本です。ところが、日本を必死に研究したアメリカやイギリスに比べ、日本は、アメリカや、イギリスの教育を、殆ど放棄したのです。結果は明らかです。しかも、これらの本は、原本よりもしっかりした製本なのです。こんなところからも日米英の体質が伺えるような気がしました。