昨年から始まった、NHK大河ドラマの特別シリーズとも言うべき「坂の上の雲」は、司馬遼太郎氏の作品を映像化したものですが、以前は、そのスケールの大きさから、また、司馬氏自身の意向からも、映像化は出来ないだろうと思われていたものです。しかし、明治の日本人が多くの困難を克服して、近代化して行く姿を描いた作品の魅力が、多くの関係者がこの作品を実現化した原動力となったのだと思います。

 私自身は、原作が長編であり、とても精読したとは言えないので、作品の細かな内容については特に言うことは無いのですが、司馬遼太郎という作家の、作家としての見識は素晴らしいと思います。まず、明治という時代を描こうとしたときに、海軍を中心に置いたことです。司馬遼太郎氏は、自身の軍隊経験から、平和を重んじ、戦争を否定する気持ちは特に大きいものがありました。その司馬氏が、明治を描こうとしたとき、明治の海軍と、海軍の人物の中に、言わば発展途上の国家の若々しさを見たわけです。そして、海軍を知れば知るほど海軍ファンになったそうです。それは、歴史的事実ばかりでなく、司馬氏が知り合った海軍軍人が、みな紳士ばかりだったからと思います。

 司馬氏は、明治と言う時代に於いて、海軍はそれ自身ひとつの文化をなしていた、というような話をされたのを、私は同じテーブルで聞いた事がありますが、本当にそうだなあ、と思いました。

 ただ、割合に多くの人が、この司馬作品である「坂の上の雲」を一種のノンフィクション小説と受け止めていることには、やや違和感を持っています。「坂の上の雲」は、素晴らしい文学作品なのであって、歴史の論文ではないのです。事実関係を追及していけば、おかしなことは少なくないし、テレビドラマに至っては、視覚的な効果を高めるために、どんどん原作から離れ、事実関係からも離れてゆくことは、ある程度止むを得ない面もあるのです。ドラマの製作者としては、可能な限り専門家の意見を聞いて、できる限り史実に沿うように努力しているのも事実ですが、実際には、こんなことは無いなあ・・と言うようなシーンも有ります。理想的には、それらの脚色を、脚色と知った上で、ドラマを楽しめれば、一番良いわけです。

 このようなドラマによって、歴史に興味を持ち、それぞれが、自分自身が興味を持ったテーマについて、本当はどうだったのだろう・・と調べて行く事が出来れば、一つのドラマを2度楽しめるのではないでしょうか。

 現在大和ミュージアムで開催されている企画展「明治の呉と海軍?軍港と市民の暮らし」は、瀬戸内海の、小さな村だった呉が、海軍鎮守府と海軍工廠の設置によって、日本の中でも驚くほどのスピードで近代化していった様子を展示しています。

市街電車開業当日の様子

市街電車開業当日の様子(二河橋東詰付近の車庫) 明治42(1909)年

 明治時代というのは、本当にドラマチックで、興味深い時代です。日本と日本人にとって、毎日毎日が、新しい文化への挑戦であったような気がします。もちろん、昔からの伝統的な暮らしも守られていたのですから、その生活と、急速に流入する先進的な文化とのギャップは、現在よりもはるかに大きかったと思います。小さな展示ですが、大きな歴史的背景を垣間見る事が出来るのではないでしょうか。是非ご覧になっていただきたいと思っています。