Bauer 少し古い話になりますが、昨年春、ドイツ、マールブルグのフィリップス大学の日本研究センターが閉鎖されました。センター長は、日本とドイツの関係史、特に海軍史に詳しいエリッヒ・パウアー博士です。パウアー博士は30年ほど前から、日本海軍とドイツの技術交流研究の調査のために何度も来日し、そのたびに私が勤務していた(財)史料調査会に見えて、いろいろな資料を読んだり、関係者にインタビューしていたりしたものです。日本語が上手で、文字も丁寧でした。その後ずっと連絡をとり、いろいろ教えてもらう事も少なくありませんでした。現在は、明治時代に日本に来ていたドイツ人鉱山技師についての調査を行っています。パウアー博士の年賀状は、今でも日本式の干支のデザインです。

マールブルグ大学での日本研究の歴史は古く、明治11年(1878)以来、135年にわたって継続されてきたのです。その中で、日本研究センターは1987年に、パウアー氏の努力で設立され、徐々に拡張されて、とうとう6人の研究者と1名の司書と4万冊の蔵書を持つ大きな研究施設になっていました。ここで日本の歴史、文化を研究する学者もたくさんいたのです。そして、日本に関わる多数の論文が刊行されました。他国との、本当の相互理解の事業とは、こういった基本的な活動なのだと思い、いつも素晴らしいなあ、と思っていたものです。

その日本研究センターが閉鎖となってしまったのは、一義的には予算を切られてしまったためなのですが、その背景には、最近ヨーロッパにおいても、多額の投資を背景に中国の影響が大きくなり、ドイツでもアジアの研究の興味の中心が、日本から中国に移りはじめ、とうとう昨年になって、ヘッセン州の文部大臣が日本研究センターの閉鎖を決めてしまったのです。本当に残念なことです。

このような日本に対して、学問的な観点から大きな興味と価値を見出し、大きな成果を上げてきた施設が閉鎖されることは、西欧における日本理解の重要な足場を失う事です。

昨年末に、パウアーさんから来たメールを見て、本当に残念でした。

日本は、多くの国に多額の援助をして、世界的に大きな貢献をしています。内容は橋や道路建設などのインフラ支援が多いのですが、こういった文化施設にも、更に日本が補助をして存続させることが、日本をより理解してもらうことになり、ひいては国際間での日本の立場を強固なものにするために必要なのではないかと思っていたからです。

今回のように、中立的な立場で学術的に日本を研究してきた外国人研究者と施設を失うことは、日本にとって極めて大きな損失と言わなくてはなりません。

いつか、パウアー博士の努力が、再び、より良い日本研究センターとして復活することを期待しています。