博物館の仕事をしていると、はて、と首をひねる事が時々有ります。小さなことですが、物の名前と発音については、歴史的なことでもあり、案外に難しい事があります。

 例えば、説明版に書いた漢字にルビを振ろうと思ったときなど、時として、これで良いのかな、と悩む事があるわけです。有名なところでは「零戦」です。これは「零式艦上戦闘機」の略なのですが、何と読むのか、というような事があるわけです。もちろん「れいしき かんじょうせんとうき」であり、「れいせん」なのです。零と言う文字に「ぜろ」と言う読みはありません。ところが、広く「ぜろせん」と呼ばれていて、誰も疑問に感じてはいません。では、「ぜろせん」はアメリカ側の呼び方で、日本としては間違いなのかと言うと、単純にそうとも言えないのです。それは、戦時中「ぜろせん」と実際に呼ばれていた例もあるからです。空母翔鶴と瑞鶴の分隊士をしていた方に聞いたところでも、「零戦(ぜろせん)3機飛行甲板へ」などとも言っていたそうです。

 結果は、どちらも使われていた・・と言う事なのですが、それでは、当初「れいせん」であったのに、いつ、なぜ「ぜろせん」と言う発音が混じり始めたか?が疑問として残ります。想像ですが、恐らく、風の音がうるさい飛行甲板や、エンジン音などでうるさい整備場などで、「99(きゅーきゅー)」(艦爆)や「97(きゅーなな)」(艦攻)などは大声で力を入れて言えば間違いはないでしょうが、「零(れい)」(艦戦)は、発音的に力が入らないので、はっきり伝え難かったので「ぜろ」と聞き間違いの少ない発音になったのではないでしょうか。

 海軍では、こういった聞き間違いを少なくするために、名称を独特の呼び方にしている場合が多かったようです。

 一つ例をあげると、軍艦のメインエンジンとボイラーは、書けば「主機械」「罐」なのですが、これは「もときかい」「かま」と呼びました。轟音の中では消えてしまう「しゅ」などという発音を嫌ったのだと思います。時代が下がると省略されて「もとき」「かま」とも言うようにもなりました。 

 こういった名称を確認するには、号令の掛け方の教科書である「艦内号令詞」や、当時の水兵の教科書などを調べると便利です。重要な用語にはルビが付いているので、発音が良くわかります。もっとも、これは正式用語であり、先の「ぜろせん」のように変化している場合も多いのです。教科書では、舷側に付いているゴミを捨てる筒を「灰棄筒」(はいすてづつ)と教えられますが、軍艦では、スカッパーと呼び習わされています。これは、大正時代に、それまで英国海軍での名称、呼称を、そのまま使っていたのですが、主力艦が国産になるにつれて、日本海軍独自の名称に変えようという動きが有り、多くの言葉が作られたのですが、定着しなかったものもあった、ということのようです。戦後は、海上自衛隊が設立された頃、海軍式の名称を一部改める、と言う作業をしましたが、この時、長年親しんだ(?)厠(かわや)が、便所になったそうですが、海軍出身者には評判が悪かったようです。

 最後に、もう一つ脱線しますと、昔は電報を打つときなど、間違いの無いように、朝日のあ、などと一文字づつ確認しました。英語でもAアップル、Bブラボー、などと言いますが、海軍では、これをほぼ軍艦の名前で、い磐手、ろ労山、は榛名、などと言っていました。

 少々話が脱線しましたが、連絡や通信で、聞き間違いの無いように発音に気をつけていたのが海軍だったのだと思います。