私が阿川先生にお会いしたのは、海軍反省会という海軍士官だった方々の勉強会を私がお手伝いしていたころのことですから30年くらい昔の話です。海軍反省会は、日本海軍の中将、少将、大佐、中佐だった人達で構成された会でした。昭和64年頃でしたか、メンバーから、小説家の阿川はなかなか面白いから、反省会とは別に一度彼を呼んで話をさせてみよう、という提案がありました。確か言い出したのは海兵50期の寺崎隆治さんで、寺崎さんは終戦時には大佐で呉鎮守府の参謀でした。講演を依頼すると、阿川先生はとにかく海軍のことだからと喜んで了解していただきました。

 場所は原宿の水交会でした、30人以上が集まったと記憶します。無論私も隅に座りました。開会の挨拶と阿川先生の紹介は、海兵57期、史料調査会の会長の関野英夫さん。終戦時は連合艦隊の参謀です。当時私は史料調査会の司書で、海軍反省会の雑用を手伝っていました。ちなみに最後の挨拶は、技術少佐であった津村孝雄さん。日本海軍の電気技術史に詳しく、いろいろお話を聞かせて頂いた方です。

 さて、阿川先生が、いざマイクの前に座った時には、それはもう緊張されている様子でした。阿川先生といえば怖いもの知らずのイメージがありますが、その時会場にいたのは、終戦の御前会議に出席した軍務局長の保科善四郎さんなど海軍の中将、少将、大佐クラスの長老が最前列に並んでいます。阿川先生にとっては雲の上のような人ばかり、さすがの先生も真っ先に「私はご存知のように予備学生でして、皆様の前で海軍の事を話すのは大変おこがましいのですが」と前置きして話し始めたのでした。テーマは、日本海軍の気風、といったようなもので、興味深い海軍のエピソードをたくさん話されました。もちろん阿川先生はお話が面白い方でしたから、緊張していた最初の様子はすぐに打ち解けて、後半は大いに会場を沸かせました。そのころから時折お話を伺う機会がありました。

 阿川先生は、文学者として海軍の真の姿を次の世代に伝えようと努力されてきた方です。多くの海軍経験者に取材をして、文学作品として、同時にノンフィクション作品として、貴重な作品を多く残しました。初期の「雲の墓標」などから「山本五十六」「米内光征」「井上成美」などの伝記や、「軍艦長門の生涯」「暗い波濤」など、私も読ませてもらいました。これらの作品からは、研究書では伝わらない海軍の空気感が伝わるように感じました。

 平成17年、私は大和ミュージアムの館長を務めることになりました。当時松本零士先生など、数名の名誉館長の先生方にお世話になっていましたが、何とか阿川先生に名誉館長をお願いしようと思い、お時間を頂いてご自宅にお伺いしました。どう話を切り出そうかと悩んで、雑談をさんざんした後、話のタイミングを見て、「宜しければ、ぜひ大和ミュージアムの名誉館長になっていただけないでしょうか」とお願いすると、それまではソファでくつろいで座られていた阿川先生が、突然すっと背筋を伸ばし、座り直され、両手を膝の上に真っすぐつかれて、「わたくしのような者でよろしゅうございますでしょうか」と言われたのです。子供ほど年齢の離れている私に、そのように話されたことに、私の方が驚いてしまいました。先生は、本当に海軍のことが好きで、大切に思っていらっしゃるのだなあと感激したものです。

 阿川先生の思い出はまだあるので、いつ書くか分からない(2)をお楽しみに。