この7月1日から、大和ミュージアムでは「巨大戦艦大和展」を開催しています。考えてみると、大和ミュージアムでは、常設展示において戦艦大和を扱っているので、なかなか大和展をするチャンスがなかったのです。同時に常設展示では出来ない、特色ある企画が無ければ、実施の意味がないのです。
 そこで、今回は、実物大の大和型戦艦の艦橋の一部を復元して、資料だけでは感じることのできない、実感を味わっていただこうという、大きな企画に取り組んでみました。
 大和の艦橋の中でも、代表的な第1艦橋、いわゆる航海艦橋の前半分を実物大で作るのですが、従来は備品の配置を検討するためのモックアップの図面が知られていたのですが、館の収蔵資料と、艦艇研究家、小高正稔氏、寺西英之氏、他の協力で、時期の異なる図面を数点。更に戦艦武蔵の艦橋内でのスナップを3枚集めることが出来たので、何とか現状では最もリアルな艦橋を再現できたのではないかと思っています。個人的には、大和型戦艦の艦橋(完全に大和と武蔵が同じであったかと言う確証は、まだ無いので)、完成度は80点。と思っています。実際には、まだ不明の個所も多いのですが、巨大、巨大と言われる戦艦大和の艦橋が、こんなにコンパクトなのか!と驚いて頂ければ、まずまずと思っています。
武蔵艦橋内部写真

【武蔵艦橋内部写真】 この写真は、私が(財)史料調査会に勤務していた頃、上司だった土肥一夫氏(海軍中佐、連合艦隊参謀)から頂いたコピーで、昭和18年6月24日、昭和天皇が武蔵に行幸された際のスナップで、今回再現された第1艦橋でのものです。左で下を向いているのが陛下、中央は連合艦隊古賀峯一長官、右が私の上司だった、土肥一夫参謀。今回はこのような雰囲気を味わえます。

 

 それにしても、集めた図面を並べてみて、どれもこれも微妙に異なるのには悩まされます。中には、艦橋甲板の平面形が大和型と異なる図もあり、当初大和型の艦橋は、戦艦比叡の近代化改装の際に、先行テストとして、大和型を想定した設計になっているので、比叡での図かとも考えたのですが、比叡の平面とも異なり、結局、建造のためではなく、装備品の配置の検討のための図面ではないかと言う推定をしたものもありました。

 こういった複数の資料を検討のうえで纏めたものなので、100%の再現ではありませんが、雰囲気は十分です。更に窓の外を見ると、CGで、波を切って進む大和の艦首が見下ろせ、主砲の発射試験を再現したシーンが見られます。全体の監修を、海軍砲術に関しては第1人者である堤明夫氏にお願いしたので、号令などもリアルであると思っています。

歴史を知るという事は、知識だけでは難しい面もあるのです。こういった機会に、戦艦大和の(正しくは大和型戦艦ですが)艦橋に立つことで、歴史の部分を「体感」することも大きな意味を持つのです。資料や本を読んだ時に、その資料を実感として理解する助けになる場合もあるのです。なかなか、何度も出来る企画ではないので、機会があれば、是非一度ご来館されることをお勧めします。

 今回の館長ノートは、なんだか宣伝のようになってしまいましたが、ご容赦ください。