広島城南ロータリークラブ

2012年10月19日 広島城南ロータリークラブにて

 当館、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)は、平成17年4月に開館してから、まだ8年目に入ったところですから、博物館としては、発展途上で、まだまだ勉強しなければならない段階です。 しかし、幸いにして、多くの人に来ていただき、初年度は170万人を超え、現在でも80万人を越える来館者があり、来春には、開館以来8年目を待たずに、累計800万人をこえる予定です。

 大和ミュージアム設立の基本は、やはり、地域の歴史を地域の若い人に知ってもらいたい。と言うことがスタートです。生まれ故郷に誇りを持った大人になって欲しい。そのためには、素晴らしいことだけ教えてもだめで、たくさんの誇らしい歴史もあるが、たくさんの失敗の歴史もある。その両方をしっかり知ってもらった上で、本当に地域を愛する市民になって欲しい。それが、本当のスタートです。
 しかし、呉市の本質は、技術の町、物つくりの町ですが、この技術というのは、小さな町だけのものではない。全国、全世界と同じフィールドで比較されるものなのです。
 そういった考えから、館自体は、地域に対して内向きではなく、日本、世界を対象として考えている。そうだから、日本じゅうの人が興味を持って来てくれる。と思っています。
 呉は、海軍と軍艦の町で、戦争の歴史とも深く係わっています。その面を省いたら、呉の博物館意はならない。そこで、世界一の戦艦を建造したという、誇らしい歴史の隣に、その誇らしい成果が、結果としてどれほどの悲劇を生んだか、を展示して、
 技術と言うものの、2面性、同じ技術が、人間のためにもなり、同時に使い方を誤れば大きな悲劇を生むのだという、ことを考えてもらえるように考えました。
 また、歴史展示の難しいところは、絵画であるとか、貴重な海洋生物であるとか、見せるものがはっきりしている美術館とか水族館とかと異なり、見せるものが、過ぎ去った歴史であって、現実には無い。この無いものを如何に見せるか、これは本当に難しい。
 私は、よく、大和ミュージアムは、日本で一番地味な博物館です、といいます。
 展示コーナーに入って、すぐ目に付くのがレンガのかけら3個、水道管の切れ端、進んでいっても、どこの工場にでもあるようなスパナや溶接機が置いてある。もう、これ自体は、お宝でも珍しい物でも、何でもない。でも、呉工廠を作ろうとした明治20年ころは、建物をつくろうとしたら、レンガを焼くところからはじめなければならないほど、何も無い時代だった・・と説明することによって、レンガのかけらを通して見える歴史の面白さを伝えることになる。
 見る人の想像力をどれほど掻き立てることが出来るかが勝負です。
 もし、上手に想像力をどれほど掻き立てることが出来れば、本当に小さな博物館でも、大きな博物館にも負けない仕事が出来る。そう思っています。